個人事業主として事業を行う場合、「所有しているマンションを事務所として利用(もしくは登記)したい」というのはよくあるケースかと思います。
特に、パソコンで仕事をしている方や、普段は外で仕事をしていて自宅では事務処理程度しか行わない方などは、『一般の住宅利用と変わらない』ですよね。
ですから、実際に事務所利用したとしても実害がないことも多く、であれば利用、あるいは登記しても構わないというご意見もよく聞きます。
しかし、本当に?
トラブルにならない?
判例は、どのように判断したのでしょうか?
それら疑問を調べましたので共有します。
前半部分が、『1室を事務所として利用する場合』のお話。
後半部分は、『1室を事務所として登記する場合』のお話です。
結論から言うと、
- 実態としての事務所利用(教室、来客のある事務所利用など)はダメ
- 生活上の変化がない場合(パソコンだけで完結する仕事など)はグレー
- 登記はグレー(組合に確認したほうがいい)
解決案→「マンションごとに、実態にあったルールを作りましょう」
といったところです。
目次
法令上、分譲マンションの利用(登記)に制限はない
まずは、法令の面からお話しますと、分譲マンションの1室を、会社事務所として利用する、または登記することについて、法令上の禁止はありません。
そのマンション毎にルールを作り、そのルールを守って利用する必要があります。
分譲マンションを事務所利用する場合は、管理規約の制限に注意
一旦登記のことは脇において、利用についてのお話をします。
分譲マンションを事務所利用する場合に障害となるのは、管理規約です。まず、マンションの管理規約となっているのかを確認する必要があります。
管理規約とは?
マンションのルールブックのこと。マンション毎に設定されていて、マンションの使い方が記されています。決まりは絶対で、住まう限りはこれに従わないといけません。
管理規約の確認の方法
購入前であれば、不動産屋さんに確認すれば良いでしょう。すでに購入しているのであれば、購入した際に管理規約を受け取っているはずです。(紛失しているようなら、一般的には有料で再発行が可能です。管理会社にお問い合わせを)
管理規約の制限「専ら住居として使用する」規定
本件に関わる管理規約上の制限は、以下の部分です。
区分所有法 第12条(専有部分の用途)
区分所有者は、その専有部分を専ら住宅として使用するものとし、他の用途に供してはならない。マンション標準管理規約より抜粋(PDFファイル):http://www.mlit.go.jp/common/001202416.pdf
管理規約は、マンション毎に違います。
しかし、多くのマンションは、国土交通省が定めた『マンション標準管理規約』に基づいて管理規約を作成しています。特に、本件については、ほとんどのマンションが同じ文言を採用していますので、それに基づいてご説明します。
もし、管理規約に、上記とは違った内容の記載がある場合は、ここに書いたことはそのまま通用しません、ご注意。
『専ら住宅として使用するものとし、他の用途に供してはならない』の意味
専ら、とは、「もっぱら」と読みます。専念するとか、集中するとか、そういう意味です。つまり、『住宅としてのみ使用しなさい、他の使い方はダメですよ』という意味です。
ここで問題となってくるのが、『住居として使用』の範囲です。
事務所利用は、専ら住居としての利用にはあたるか否か。ですが、一般的な事務所として利用する場合は、やはり住居ではないですよね。
例えば、
- 不動産の事務所として利用する
- 弁護士事務所として利用する
- 英語教室をする
- 手芸教室をする
- ネイル施術をする
などが「事務所としての利用」に該当します。これらは、『専ら住宅として使用するものとし、他の用途に供してはならない』と規定されている多くの分譲マンションでは実現しません。
事務所や、教室としての利用を禁止する目的と理由
一般の分譲マンションは、住居として設計・利用されています。そこで住んでいる方は『静かに暮らしたい』という気持ちの方が多いですよね? 『静かな環境』に、事務所の存在は適切でしょうか? 住宅を営業利用した場合に考えられる問題としては、
- お客さんや関連業者さんが頻繁に訪問することによる、セキュリティの低下
- オートロックの機能低下
- 顔見知り以外の方がマンション内に頻繁に出入りすることの心理的な不安
- 来客駐車場の利用問題
- 営業の音の問題
- エスカレートした場合の対応
- 後々、やむを得ずルール変更を行う場合に事業をやめていただくことができるのか?(利権問題)
など。
もちろん、「いやいや、ほとんどお客さんなんて呼ばないよ。だいいち、それって友達を呼ぶのとどう違うの?」というご意見もごもっともなのですが・・・。
とはいえ、ルールを決める側としては、その線引は難しく、また、エスカレートした場合にトラブルに繋がる可能性もあり、「まあいいよね」とはなかなか言いにくいところがあります。
判例をみよう!
本件を争った判例があるのでご紹介します。
http://kanrikyo.or.jp/oyakudachi/pdf/vol12_04.pdf
※PDFが開きます。
大モメにモメているようで、内容が脇道にそれている部分もあり、すごく伝わりにくいのですが・・・。内容をかいつまんでご紹介しますと、
内容:マンションの1室を、税理士事務所として利用することは、良いか悪いか。
判決:ダメ。
って感じですね。もう少し詳しく解説します。
【経緯と、判決の内容】
- マンションの1室を、Aさん(判決文では「乙山太郎(被控訴人)」が税理士事務所として利用していて、今後も利用したい。
- マンションのルール(管理規約)によると、以前は事務所利用はOKだった。また、他の人も事務所として利用していた事実もあった。
- しかし、過去、マンションのルール(管理規約)を、以下のように変更した。
『区分所有者は,その専有部分を専ら住宅として使用するものとし,他の用途に供してはならない。』 - 管理組合はルール変更を行った上、マンションの事務所利用をなくすように働きかけた。働きかけにより、複数の方が事務所利用をやめた事実もある。
- その他の細かい事情(総会が適切に行われたか否かや、Aさんが組合からいけずされているとの主張したことや、組合が二枚舌だ!と主張したことなど)は、まとめて『理由がない』とされた。
- 結果、裁判所は、事務所利用はダメと判断した。
本件で重要なポイントは2点だけです。
前提として、管理規約で『区分所有者は,その専有部分を専ら住宅として使用するものとし、他の用途に供してはならない。』というルールが定められている場合の事務所利用は、
- 規約義務違反行為である
- 区分所有法57条にいう「区分所有者の共同の利益に反する行為」である。
※この規定は、『住居としての環境を確保するための規定』であるから、事務所利用は共同の利益に反する。
この2点については、どうも裁判でも争われていないようです。当たり前なので特に争うこともなかったのでしょう。
つまり、事務所利用はごく当然として認められない、と理解してよろしかろう、ということになります。
フリーランスの仕事でも、事務所利用はダメ?
上記の裁判は『税理士事務所が良いか否か』です。判例からは読み取れませんが、職員の通勤があったり、来客があったりしていた可能性が高いです。要するに、『平穏な住居としての利用』ではなかったのでしょう。それを、お客さんが自宅に来ることもないようなフリーランスの仕事と同等に扱うのはどうか? という問題があります。
どうしても、言葉と表現すると『事務所としての利用』になりますが、実態は『パソコンで仕事をしている。来客もない。騒ぐこともなく、見かけ上は一般的な住居と何ら変わらない』という程度であれば、「住居としての環境を確保」できると考えて差し支えないと言えますよね。
さて、ここからが問題です。この状態を、果たして管理組合として認めるべきでしょうか?
法令ではなく、ルールの話として、です。
認めても実際上特に問題はない、と考えられる一方で、事務所利用を一つ認めると『境界がなくなる=ルールが崩壊する』という懸念もあります。
どちらが正しいというわけではないと思いますが・・・。
可能であれば、双方歩み寄りを期待したい
最終的には、お互い話し合うしかありません。
こういった紹介もあります。(賃貸のケースと思われます)
つまり、「事務所利用の定義」があやふやであるからこそ問題があるわけです。静かに暮らしていても事務所として利用してはいけないのか、どのていどの静かさならよいのか。今は良くても、将来、度を超えるリスクが有るのか。
この点を、規約を変更するなどして明確にしない限り、どれだけ静かに過ごしていたとしても、「事務所利用は事務所利用でしょ」と指摘を受けるリスクはゼロになりません。
事務所としての登記は、営業利用にあたるか?
上記までは、「事務所としての利用」のお話でした。
では、『登記だけ』して、実態としては営業しない場合はどうでしょうか? これについても様々なご意見もあるでしょうが、やはり、管理組合の許可を取るのが正攻法だとは思っています。
事務所登記の現実は?
現実には、管理組合に黙って登記する、というケースはままあることです。また、登記したとしても、それを管理組合が逐一確認することはまずありません。ばれたりすることは、(別件でなにか調べられない限りは)ないだろうと思います。
ただ、ポストの名前を法人の名義にすると、「ダメなんじゃない?」というご意見があり、それがもとでトラブルになるケースは考えられます。マンションの一室を法人が所有することは可能ですが、「法人が所有する=事務所として利用している」と解釈されるケースも有り、それがもとで、どのような利用をしているのか、という実態を問われる、というトラブルになる可能性は実務としてあります。
しつこいようですが、勝手にやった場合のトラブルは全部自分で処理をしないといけません。良いかどうか、大丈夫かどうか、は別として、結果的に、マンション内での人間関係の悪化につながる可能性もゼロではありません。
登記としての利用を申請した結果、トラブルが起こることも一つのリスクですが、かといって黙って登記する、というのもリスクではあるのです。
その他の補足事項
商業地域もしくは準商業地域にあるマンションであれば事務所利用はOK?
調べているときにヤフー知恵袋で見つけたんですが・・・。さすがにこれは間違いです。
『商業地域、順商業地域』とは、用途地域といって都市計画法の制限です。都市計画法とは、『その土地にどんな施設を建ててよいか』を決めるルールです。マンションの『使い方』を決める類のものではありませんから、無視してOKです。用途地域は関係ありません。
賃貸マンションの場合は?
分譲マンションでも、分譲の一部屋を賃貸として貸し出すケース。この場合、マンションの管理規約の他に、オーナーの意向もあります。入居前に確認なさったほうがよいでしょうね。
賃貸マンションの場合は、管理組合は存在しません。オーナーに確認したほうが良いと思います。
どうしても事務所利用をしたい、という方が現れた場合の譲歩案は?
この項は、管理組合側、オーナー側の視点のお話です。
ここまでお話したように、ルール上はグレーです。勝手にやっている方も実際はたくさんいます。その中でも、きちんと申し出てこられた方ですから、常識的で、かつ、真面目な方です。断ることも選択肢ですが、そのような方が今後トラブルを起こす可能性はあまり高くないと思われ、一定のルールの中で許可を与えることも、検討の一つではないかと思います。
- 事実上、事業所としての利用はせず、日常生活以上の利用はしない事。
- 特別に人の出入りもない事。
- 何らかの問題が発生した際は、誠意をもって対応する事。
- 将来、管理組合でルール化がされ、明確に禁止となった際にはそれに従う事。
- 一つでもルールを破った際は、即座に許可を取り消す事。
このくらいの誓約書でも書いていただいて、ご提出いただいたうえで許可を出す、というのも一つの選択肢ではあると思います。
分譲マンションの場合は、規約を設定する方向で調整するのが一番の正解
これまでご紹介したものについては、「標準的な管理規約の場合」のお話です。管理規約は、マンション毎に変更することが可能です。
事務所利用の可否について一歩踏み込んだルールを設定し、事務所として利用したい(特にパソコンを利用する程度で、実際には来客もないといった使い方をしている方)というニーズにも応えられる管理組合の運営をするというのがベストだと思います。
そのためにルールを設定する必要があり、そのルールの設定には、事務所として利用したい方が自ら声を上げるのが一番手っ取り早いかと思います。
自ら役員となり、規約改正に向けて調整を行うのが最適解だろうと私は思います。
当然ですが、規約を変更して、「事務所利用を可とする」こともできますし、実際にそうしているマンションもあります。
事務所としての利用が悪いわけではなく、規約違反がダメなのです。
事務所利用している?案内書面の案
テキストベースでは、↓で紹介しています。必要な方はコピペしてご利用ください。