警察は情報を求める際、「捜査事項照会書」を根拠に情報開示を求めることが多いです。経験則から言うと、よくドラマで見るような「令状」(裁判所の命令)のようなものは極一部の凶悪な事件にのみ使われるものなのでしょう。平穏な一般マンションを取り扱う私は見たことがありません。
さて、マンション管理会社は、警察からこの「捜査事項照会書」を受けることがよくありまして、その対応について調べたのでご紹介します。
- このページを書いている人は法の専門家ではありません。誤り・勘違い等があれば大変申し訳無いなあと思う次第ではあるのですが、しかしだからといって私の気持ち一つで情報が正確になるわけでもありません。また、いくつか弁護士さん(のものと思われる)外部のウェブページを紹介していますが、私は記載されている事項の真偽を精査できるだけの知見を持ちません。そのあたりの事情を踏まえて話半分にお読みください。
- このページに書いたことを推奨・主張する趣旨はなく、また、ここで書かれたことは世の管理会社の意見・実務を代表・代弁しません。情報は必ずご自身で精査し、必要に応じて弁護士等に意見を求めるなどしてください。また、最終的な行動・持論はご自身で決定することがとても大事です。(他人の意見に左右されるのはそれはそれで結構なことだとは思いますが、しかしその結果発生した事象については自己責任で頼むぜってことです)
- 管理会社と言っても、分譲の管理会社と賃貸の管理会社によって立場、扱う情報も微妙に違います。(このページではそのあたりについては詳しく解説していませんが)私は分譲のマンション管理会社の人で、文章になっておらずともそういう前提があるという点については読み手に注意が必要かもしれません。
目次
「捜査事項照会書」への協力は必須か?
これはマンション管理会社のお仕事に限ったことではないのですが、警察への協力は前提として「任意」です。ゆえに、警察への協力には強制力はありません。(強制力のあるものは裁判所からの命令を伴った捜査とかです。あと、協力しないと邪魔するは別で、邪魔すると捕まります)
はてさて、では「捜査事項照会書」とともに求められた警察への情報提供をお断りしてよいのか。つまり、「捜査事項照会書には強制力はあるのか?」という問題ですが、結論としては「強制力はない、お断りできる」と考えて良さそうです。
捜査事項照会って何、については以下のページをご覧ください。
https://www.police.pref.ehime.jp/kitei/reiki_honbun/u227RG00000449.html
ちなみに、このページにて、以下の記載があります。
当該公務所等は報告することが国の重大な利益を害する場合を除いては、当該照会に対する回答を拒否できないものと解される。また、同項に基づく報告については、国家公務員法等の守秘義務規定には抵触しないと解されている。しかし、照会先である公務所等に対し、強制力をもって回答を求めることができないことから、回答に伴う業務負担等、相手方に配慮した範囲内において行うものとする。
拒否できず、しかし強制力はない、というのはもう「どっちやねん」とツッコミを入れる他ないのですが、しかしこの文章自体が法に基づいたものではなく、警察官に対する業務指示書のようなものという背景を考えると見えてくるものがあります。
https://kurata.org/sosa-kankei-jiko-syokaisyo/
ということを文章にされている方がいらっしゃいましたのでご紹介しておきます。
あくまでも捜査事項照会書については、「任意での協力を求める」書面のようです。
警察の対応をみて感じること
実務感で言うと、「警察が情報提供を求めるために発行する書類」という使い方はされていないように思います。
実際には、「情報を提供した側の根拠作りのために利用されている」という感覚です。
つまり、相手が警察とはいえ、なんでもかんでもポイポイ気軽に情報は提供できませんから、警察から正式に捜査への協力要請があったという証拠のために頂いておく、という類の使い方です。
警察もこのあたりはかなり気を使ってくれているように思います。
具体的には、こちらが「協力します」という返事したあとに、「では捜査事項照会書を発行しますね」となるケースが過去では100%でした。いきなり捜査事項照会書を持ってきて「協力せよ」と言われたことは一度もありませんし、書面の記載内容も「こちらも責任を追求されたくないので○○のように書いて欲しい」と文章を指定すればそれが通るくらいには寄り添ってくれます。
余談ですが、警察は警察で捜査事項照会書の発行にも責任者のハンコが必要なようで、ホイホイ出せる書類でもないようです。
個人情報保護法との兼ね合い
しかし相手が警察とはいえ、本人の同意なく勝手に個人情報を気軽に開示して良いのか、という観点についてはまた別の話です。
で、ここは個人情報保護法により規制されていて、それが具体的にどうなっているかというと「あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない」とされています。
それが原則。
しかしいくつかの除外項目があり、その一つが「法令に基づく場合」です。(個人情報の保護に関する法律第23条)
で、「捜査事項照会書」は法令に基づくものです。(刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)第197条第2項)
なので、「捜査事項照会書」の提示があれば個人情報保護法でいうところの「法令に基づく場合」として扱って良さそうですから、警察へ情報を開示することは可能でしょう、ということになります。(もちろん例外もありますし、責任が問われた判例もあるようですから何でもかんでもすべて良いというわけではありません。また民事と刑事は別で、損害賠償請求だとか、諸々の諸々もあり得ますのでご注意を)
では、管理会社はどこまでの情報なら提供できるのか
ここが最大の問題点なのですけれど、結論を言うと結論は出ませんでした。
個人情報の取り扱いは非常デリケートなものです。無論、法令が定められているということもそうなのですが、そもそもの話として、プライバシーは守られねばなりません。個人の思想等を判断できる情報に類するものについては特にですね。
例えば、図書館や医師のアレコレについては、以下のページでが参考になります。
図書館で借りた本だとかは個人の趣味嗜好を判断する材料になりうるものですから、相手が警察で捜査のためといえど安易に公開すべきではないでしょう。ちなみに国立図書館では、裁判所の令状がなければ開示しない(捜査事項照会書での開示は行わない)方針のようです。
(検索する中で知ったのですが)Tカード(を運営する会社)の一件では、本質的に問われていたことはこれなのだろうと思います。図書館の貸出情報と同じく、レンタルしたビデオのタイトルなどの情報は特別に強く守られねばなりません。個人の主義主張を覗き見られるものだからです。会社にその自覚がなかったのでは、という点が大いに問題視されたのでしょう。
管理会社の実際
では、不動産管理会社が主に扱う、住宅に関する情報、つまり「誰がどこにいつから住んでいるか」という情報はどこまで大事に扱うかということですが、ドラマで見るような、「顧客情報は警察には渡せねえぜ、欲しけりゃ令状持ってきな!」的なやり取りについては、マンション管理会社ではおそらくないでしょうし必要もないでしょう。どうしてかというと、例えば図書館が扱うような個人の思想が推し量れるような扱いの難しい情報は持ってないからです。
無論、漏れると企業の株価や諸々に影響があるような方の住まいの情報なら開示すべきではありません。世界的な要人が利用する住宅や高級旅館であれば、誰が今どこにいて、という情報は敵対国家やライバル企業などに知られると重要ななにかを推測されうるものですから、相手が警察であれ漏らすべきではないという、非常に高い職業倫理でもって対応すべきです。
しかし、はてさて、一般の住宅にそれを当てはめるのかというのは、私の感性としては少し、というかかなり疑問があります。
一般の感性でいえば、住人に警察の調べを受ける人間がいるようであればとっとととっ捕まえて欲しい、というくらいだろうと(私は)思います。
一旦まとめ
このように、管理会社はそうデリケートな情報を扱わないわけなので、警察への協力を拒むことはあまりしていないのでは??と(私は)思います。
ややこしくなりましたので一旦整理しておきましょう。
- 警察への協力、つまり「捜査事項照会書」による情報開示は任意
- 「捜査事項照会書」による情報開示は、個人情報保護法によって除外規定が認められるケース(と思われる)ので、協力により刑事的に責任を問われることは(たぶん)通常はなさそう
- ただし民事は別で、情報漏洩を指摘されるリスクはある(警察は守ってくれない)
- デリケートな情報の場合は、(自分の身を守るという意味で)捜査事項照会ではなく、裁判所の命令を持ってきてもらったほうが良い
こんな感じでしょうか。
今回困ったことは、組合のもつ情報を警察へ渡してよいか?
分譲マンションの管理会社は、多くの場合「管理組合のサポート」である存在です。
ですから、防犯カメラの記録映像、入居者の情報など、マンションの情報の大部分は、そもそもの話、管理会社の情報ではありません。業務上必要であるからと管理組合から情報開示を受けている、いわば借りている情報です。
ではその借りている情報はどう扱うべきでしょうか。警察へ開示してよいのでしょうか。
今回困ったのは以下のような状況です。
- 警察が、入居者の状況を知るため、入居者情報(名簿)の開示を求めた
- 私は、当該名簿は管理組合の情報であり管理会社のものではないので、組合の許可の上で提出すると返答した
- 警察は、捜査の一環であり、組合員(≒入居者)の団体である管理組合には知られたくないので、管理会社から欲しいと言った
→この場合、組合の許可無く管理会社が開示して良いの??
ルールの話(標準管理規約)
管理会社は、管理組合から業務に必要な範囲で顧客情報の提供を得て管理業務を提供しています。(多くはこういうスタイルで、管理会社が独自に名簿を集めているケースは少ないかと思います)
管理業務委託契約では、何らかの形で守秘義務契約を締結していると思います。(この通りかどうかは個別の契約なのでわかりませんが、多くの管理会社が採用しているであろう標準管理規約の条文を紹介しておきます)
標準管理委託契約16条 より
(守秘義務等)
1 乙及び乙の従業員は、正当な理由がなく、管理事務に関して知り得た甲及び甲の組合員等の秘密を漏らしてはならない。この契約が終了した後においても、同様とする。
2 乙は、甲の組合員等に関する個人情報について、その適正な取扱いを確保しなければならない。
警察への情報開示が守秘義務契約違反に当たるかどうかは、個別のケースによると思います。本件が該当するかどうかの評価を含めて、とりあえず保留としておきます。
ルールの話(適正化法)
適正化法においては以下の通りです。
適正化法80条より
(秘密保持義務)
マンション管理業者は、正当な理由がなく、その業務に関して知り得た秘密を漏らしてはならない。マンション管理業者でなくなった後においても、同様とする。
適正化法についても「正当な理由がなく」としていますが、こちらについては法律ですから、正当な理由、つまり警察からの要請があれば業務に関して知り得た秘密の開示は抵触しないと考えられるのが通常の考え方ではないかなー?とは思います。
なので、個人情報保護法、適正化法ともにクリアしていて、少なくとも「法律的な怒られ」が発生することは無いのかなー?とは思います。(当然、ケースバイケースですが)
結論としてはお断り
種々のリスクを勘案した結果、お断りすることにしました。大方の予想通り、警察はあっさりと引き下がりそれ以降はなにもありません。
犯人逮捕は大事
しかし、ここで大事なことなのですけれど、警察への協力を惜しむことは管理会社として適切なのかという観点はこれはこれで大事です。
ドラマであれば「犯罪者であれ顧客を守る」っぽい行動をしているケースは多いですが、そういう感性はちょっと通常ではないでしょう。
実のところ、警察の捜査に協力するということは不動産会社の担当者としてはなかなかのプレッシャーです。何があったかは聞いても警察は教えてくれませんし。(まあ聞けたとしても隠せる自信がなく、色眼鏡で見てしまう可能性が高いのでそもそも細かくは聞かないようにしているのですけれど)
「危険はありますか?なにか注意すべきことは?住民への注意喚起は必要ですか?」と聞くのですが、警察は決まって「大丈夫ですよ」と言います。(毎度毎度、「任せるからね!絶対だよ!ボク知らないからね!」と超念押ししています)
しかし、万が一、もし、警察はそう判断していなかったとしてもなにかの間違いでエラいことが起こった場合、情報開示をしていなかったこと、協力を拒んだことについてなにか責任を問われるのではないか。責任を問われずとも、そもそもそれで良いのか、誠実であったのか、防げることはあるのではないか、ということについてはものすごく悩みます。今回は断りましたが、それでなにかがあったらたぶん、後悔はするのだろうとは思います。
もちろん同様に理事会も悩みます。かといって住民へ周知もできませんし、まあ致し方ないことではあるのですが。(捜査の詳細はわかりませんから、どうしたところで「警察が来ましたよ!警察ですよみなさん!!」みたいな案内にしかなりません、混乱を呼ぶだけで、これなら無いほうが良いでしょう)
弁護士の見解
うちの顧問の話でありここで書くべきことではないような気がするのであっさりと紹介しておきますと、私の行動(つまりお断り)を支持しています。
ただそれは「渡らないで済む橋なら渡る意味なんてないでしょう?危ないかどうかを評価する必要あるの?」という意味合いであり、情報開示の可否については意見をにごしました。
警察の見解
ついでに聞いてみたのですが、まあ、警察はそりゃ情報はほしいので「第三者の情報であれ手持ちの開示することに問題はありません、法に基づいています」ときっぱりとおっしゃいました。
まあそうなのでしょう。というか、警察はそれで良いのでしょう。
ただ、会社と組合、そして個人の話は警察とは別で、やはりリスクとして、損害賠償請求などの懸念は消せません。以下のページで紹介されていました。
https://it-bengosi.com/blog/sousa-kankei/
上記ページより引用:この場合、事業者としては、警察からの要請に応じたのであるから、問題ないだろうと思うかもしれません。しかし、警察からの要請に応じたということが、プライバシー侵害の反論として機能しない可能性もあります。
おわり
特に結論というほどのものはありませんが、「まあ気をつけましょうね」という話です。
ちなみに、このあたりは相当きっちりとした管理会社でない限りルール化していなくて、何らかの対策を敷いているところは少ないのではないかなーとか思ったり思わなかったりします。
当たりどころが悪ければ、管理員が管理員の判断で名簿関連の情報を公開しているケースもあって、それは知らないだけ、表面化していないだけで本当のところはいくらでもあるだろう、というのが私の現場感です。
私の会社は、フロントと管理員の距離が近いので、警察からの問い合わせの対応判断はこちらに投げてくれている(だろう)と信頼はしていますが、会社がどうであれ妙に管理員の責任範囲を拡大して解釈してしまう人というのはそう珍しくはないですから、私も知らない間にやってそうな人(そのリスクがある人)というのは、今直接担当している約20名ほどの管理員さんの中でもチラホラ思い当たります。
一応、業務指示書でも、「警察の対応は全部こちらに」と書いてはいますが、しかし管理員の業務は存外に幅広く、それなりに慣れなければ細部を記憶し把握することはできません。(警察の対応みたいな細かい業務まで指示書で書いているわけで全体としては相当のボリュームになります、1年だとかそこらで把握できるものではないだろうと思います)
実際、警察が来て、「あ、業務指示書に書いてたな、どうするんだっけ?」と指示書を開く人というのは上位10%くらいの優秀な方に限られるでしょう。多くの方はとりあえず上司であるフロント担当に聞く、または言われるがままに協力するというくらいかなと思います。
日頃からフロントと管理員の距離が遠い会社だと、他の件でも密な相談はできていないでしょう。管理員もフロントへの問い合わせを遠慮して独自の判断で行動しているケースは多いと思います。結果として、管理員が普段勤務する事務室に保管している名簿を自らが保有する情報と考え、特に何も思わず警察へ協力の範囲で提出している、というケースはありそうに思います。
このあたりは管理会社が仕組みの中で解決すべきだと私は強く考えていますが(名簿ファイルの表紙に開示ルールの条件や対応を表示すればほぼ回避できるでしょう)まあそのあたり、どこまで会社がリスクを認識しているのかは下っ端の私にはよくわかりませんし、私が直接知らない世の中の他の管理会社がどのようにしているのかなんて尚更知る由もありません。
規約・細則を読める管理員は多くありません。(というか、業務中に管理規約を熟読してもらってもむしろ困るでしょう)
管理組合の皆様におかれましては(まあ気になるようでしたら)直接管理会社に問い合わせるなどしてください。おそらくそう厳密なルールは出来ていないのではないかとは思うのです、できれば管理員やフロント個人の知識・スキルに依存しない仕組みを構築してあげてください。
以上です。「まあ気をつけましょうね」という話です。
捜査に協力しても法的責任は問われないから協力しないってのが横行してくるけど、
そんな管理組合が逆に、何か犯罪に巻き込まれて警察に相談しに来られても、現場の刑事はやる気起きないわねえ。
そんで、捜査に協力しなかったくせに、なぜ犯人捕まえないんだと警察官が怒られるだな、これが。
そのとおりだと思います笑
実務感としては、警察への協力は惜しまない、という管理組合が多いと私は思っています。
ただ、種々のリスクを考えた場合、公開してよいかどうかを迷い、「ルールがないから公開できない」となっているのかなと。
ここは、可能であれば管理会社が共通ルールを定め、管理組合にとってリスクがないように、また、公共の治安を維持できるように整備してあげたいところですねえ。