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管理業務主任者(マンション管理のフロントマン)に、私がなるまでの軌跡

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私は、これまでいろいろあって、現在は管理業務主任者としてマンション管理のフロントマンという職業についています。

その、「いろいろ」の部分についてのお話しです。

そしてこのお話しは、20代前半の、「新卒で入社した会社に満足してない(給料安い)から辞めたいけど資格もないしやりたい仕事もないし」って方に読んでいただきたくて書いています。

理由は後述。

 

私が管理業務主任者(マンション管理のフロントマン)になるまで

エピソード1 学生時代

私は、普通の高校の普通科を、普通よりも大幅に悪い成績でようやっと卒業しました。

成績は、明らかな劣等生です。

当時の特徴としては、

  • 成績はクラスで最下位を争う
  • 登校は5時間目から
  • 朝行っても、お昼ゴハン食べに自宅へ帰る(そのあとは学校には帰ってこない)
  • もしくはずっと寝てる
  • 出席日数はギリギリ(計算ではアウトだったようにも思いますが、何故か大丈夫でした。サンキューセンセー!)

 

そんな素行不良の愚か者も、親や先生の助けもあり、大してやりたいこともやるべきこともないまま、普通の専門学校に入学しました。

案の定というか、当然の報いで、そのような不良学生に就職先など見つかるはずもありません。

「そんなことしてたら就職先が無いよ」

というありがたいお言葉は馬耳東風。

卒業間際の3月くらいまで、就職活動そのものを放棄し、フラフラとバイトばっかしていました。

 

しかし、私のようなボンクラを抱えて困ったのは、むしろ就職率98%を謳う専門学校サイド。

必死の思いで(先生方が)、アホでも雇って頂ける社会貢献度の高い企業を(私は何もしないまま)探していただきました。

そして、周囲の皆さんのおかげで、20歳の春、ありがたいことに、アホなのに人並みの社会人となりました。

初任給で親を食事に招待する、という人並みなイベントもこなしました。全て皆さんのおかげですありがとうございました!

 

ちなみに、手取りの初任給は確か17万円程度。

私は、

(バイト代のほうが多いやんけ)

と思いました。

 

エピソード2 会社員ver1

入社した会社の状態は、惨憺たる有様でした。

(当時の私は、あとは5年もすればこの会社は潰れるのだろう、と思っていました)

 

いんがおーほー。

なのでしょうが。

 

私のフラストレーションは膨れ上がり、そして、自己啓発系の本を読み漁ったのもこの辺りです。

自然な流れで哲学書にも手を出しました。

結果として、その試みは大きな変化を私に与えました。

特に、「プラグマティズム」という思考は、私にとって画期的な転換をもたらしました。

この辺りの詳しくを語ると長いのでヤメますが、なんにせよ、20代前半に多くの哲学書に触れることができたのはとても幸運なことでした。

 

「自分がアホだ」ということを理解し、その根本的な原因を考えたことで、自分を知り、そしてそれが自己肯定に繋がりました。

愚かな私に哲学的な思考をブレンドすることで、アホさ加減がマイルドになったのです。

(実際には、アホさ加減との付き合い方が理解できたことで、それを隠蔽し、さも自分が有能であるかのごとくふるまえる方法にたどり着いた、ということです。本質は微塵も変わらず愚か者です)

今もって私は心の奥底から自分をアホだと思っていますが、それが認識できるうちは、私は私のことを心から信頼できます。自分自身に人生を預けてもいいと思える程度には。

 

エピソード3 会社員ver2

自己啓発系のあれやこれやに思い悩み、遅ればせながらのモラトリアムをキメていたころ、しかしやっぱりお金も欲しかったので、せっせと副業にも取り組みました。

この辺りも本筋ではないので省きますが、「買いたいものを買い」「やりたいことをやる」そんな当たり前を何1つ不自由しない程度には、独身貴族を謳歌していました。

 

そんな生活がしばらく続いた中で、ある1つの懸念が生じ始めました。

 

将来どうするのか

 

漠然とした、しかし、考え始めると心臓の底の方をプルプルと震わせる、なんとも壮大な悩みです。

現実的に、「この会社は近い将来 潰れる」と確信していましたから、あとは遅いか早いかだけの話でした。

そして、副業は(収入的にも規模的にも)副業でしかありませんでしたから、これから先、真っ当な人生を歩むのであれば、

  • 1から起業するか
  • 転職するか

という選択が、私には示されたのです。

起業という、魅力的でありながらも、そら恐ろしい その言葉。

全力でイモった私が「ヨシ、転職しやう」と決意することに、それほど長い時間は必要ありませんでした。

 

エピソード4 そしてはじめた資格勉強

しかし、世の中はちょうどリーマンショックを経験し、まだ脱出しきれていないころでした。

転職市場という闇夜に死兆星が輝いていた時代です。

興味をそそる転職情報など、月に1件あるかないか、という状態でした。

 

ましてや、ろくな資格も経験もないアホに就ける職など、どう考えてもヤバいものしかありません。

「こりゃマズい」と身に染みて理解した私は、手っ取り早く自身の市場価値をあげるため、資格勉強をはじめました。

それが、宅建です

今は名前が変わり、「宅地建物取引主任士」、という士業になりましたが、当時は「宅地建物取引主任者」でしたね。

勉強はわりと大変でしたが、1年くらいかけて資格を取り、そして意気揚々と鼻息荒く、本格的な転職に乗り出しました。

 

エピソード5 転職した!

1回目の転職活動の経験から、私は

「ハローワークの求人情報はクソである」

と声高に叫ぶようになっていました。(スミマセン)

 

というか、ハローワークは企業側も無料で求人情報が出せます。

そのため、たっくさんの企業が情報をだしていました。

本気で探している会社も、そうでない会社も、人が辞めるから常に補充している会社も・・・。

そんな玉石混交の情報の中から玉を探すことが面倒で、そして時間効率がすごく悪かったのです。

(特に、当時は今と比較してもかなり状況は悪かったのでほとんどの情報がゴミでした)

 

だったらプロに探してもらったほうが手っ取り早いよね、と、いくつかの転職サイトに登録。

そのときマジでビックリしたのは、どこのサイトも登録したら10分後には電話をかけてきてくれたことです。

レスポンスマジ早い。

 

そして、いくつかの会社の面接を受けました。

最終的に、マンションのフロントになりましたが、どの企業の面接でも(どんな業種、職種の企業でも)決まって言われることがありました。

それは、

「独学で宅建に受かったの?すごいね」

です。

不動産に関係ない仕事だったとしても、必ず言われました。

人間の思い込みとは恐ろしいものです。

「いえいえそんな。私マジバカなんすよ」

という言葉も、謙遜にしか聞こえていません。

後光効果(ハロー効果)を全力で肌で感じました。

 

世間が築いた、宅建という言葉の魔力です。すげー。

 

転職して思ったこと

現在、人並みに給料を得ています。

というか、高卒のアラサーが得られる給料としては、そこそこ多い方だと思っています。

(収入に満足しているか否かはまた別の話です。そもそも資格試験に精を出した結果、副業収入が途絶えましたので、むしろトータルの可処分所得は、少し前まで転職前よりも低い状態でした)

 

もちろん、そこには「今の会社での努力」も、決してないわけではありません。

しかし、20歳前半、履歴書に書くような資格も能力もない、という状態から、得た「宅建」というカードにより、今の生活を得る事が出来ました。

 

「夢も希望もありません!」というのであれば、

  • 資格試験にいそしむ

ことを強くお勧めします。

 

資格試験については、受験資格が不要で、かつ、それなりに難しく(世間的な評価が高く)、それでいてちょっと勉強すれば合格できる。

(資格勉強のために学校に行く必要は皆無です。独学で十分に合格できます)

そんな資格は、宅建以外にないと思います。

要するにコスパです。

 

「管理業務主任者」「マンション管理士」「行政書士」「二種電気工事士」などもあげられがちですが、コスパの面で宅建はそれらを圧倒します。

むしろ、宅建以外とらなくていいです。(必要になればとればいいです)

宅建に合格できる=管理業務主任者にも合格できる

と、面接官はみるでしょうし、何より、企業側も資格に受かった「だけ」の実務経験のない人間に即戦力など求めていません。

(求めたところで得られない事を理解しています)

 

近頃は就職市場もかなり活性化していると聞きますが、それでも、低賃金であくせく働いているワカモノの話を耳にすることも事実。

履歴書がまっさらでも許されるのは20台後半がギリギリ。

30歳超えると新しい仕事なんてないよ?

 

そんな昔話でした。

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